間嶋豆富店のルーツは、北海道室蘭市が鉄鋼業で栄えていた大正五年にさかのぼります。雄大な立山連峰を望む富山県の氷見市から、 北海道へ夢を抱いて移り住んだのが、初代店主の 間嶋ツネ です。 創業店は、 鉄鋼業に携わる人々が暮らす輪西(わにし)地区の住宅街に設け、地域住民の食卓を支える程度の木綿豆腐、厚揚げ、がんもを店頭販売いたしました。一日に作る豆腐の量は、 早朝から薪(まき)レンガストーブを焚いて仕込んだ一回分のみ。それ以上は作らず、そのかわり毎日、天候や祝日にも関係なく同じ量、同じ味の木綿豆腐を作り続けました。 初代間嶋ツネの信条は「これ以下にはせず、これ以上は望まず」というものであり、卸や歩き売りさえも一切しなかったため間嶋豆富店には看板も必要なく、それでも 輪西の人々に重宝がられる繁盛店となりました。 初代の経営方針はこの後一世紀、女手中心による間嶋家で、じつに五世代に渡って守り続けられることになります。
創業から同じ場所、同じ方法で木綿豆腐を作り続け、後に 「室蘭一の老舗店」と呼ばれることになる間嶋の暖簾(のれん)は、
二代目店主 間嶋静子 へ受け継がれましたが、 時代は鉄鋼業の衰退が始まり、室蘭は不況の風が吹き付ける暗い時期に入りました。しかし もとから質素な商売をしてきた間嶋豆富店はこの時代に入っても、初代が築き上げた豆腐作りを頑なに守り続け、元気を無くしつつあった人々へ毎日、栄養面での応援をし続けました。 |